無計画に歩む事、幾許か。
真っ暗闇に静まり帰った真夜中の街を横切り、林檎畑の続く農園地帯を横切り、領地の南端の方までやってきた。
そもそも伯爵家のある場所が領地の南寄り。実際には大した距離ではない。
……無計画とはいえ、家出は成功させたい。
やはり兄の言った言葉は到底許せぬもので、キルシュ自身むきになっていた。だからこそ、せめてこれくらいは成し遂げたいなんて思えてしまった。
とはいえ、二度と帰らないという程の心構えではなかった。
いつか帰って来て、立派になって見返してやりたい。と、ふんわりとその程度に思うだけ。
それでも屋敷を出るのに成功したのだ。何だか、今なら何でもできる気がして仕方ない。
(あの兄様に〝ぎゃふん〟と言わせてあげたい。そうできたら最高)
この家出を本当の意味で成功させるには、絶対に見つからないように、探し出せぬように。これが必須だ。そこで考えたのは、国外逃亡だった。
今、キルシュの目の前には鬱蒼と茂る森が広がっていた。この森はシュメルツ・ヴァアルト……ツァール帝国と隣接するオルニエール王国の境となる森だった。
……そう。レルヒェ地方でもヴィーゼ領は国境沿いの街だった。
だが、この深い森──シュメルツ・ヴァルトが理由してここには関所が無い。オルニエール王国との行き来するには、二つ以上離れた領地の川の関所を通らねばならない。
まさに抜け道と言えば抜け道だが……誰もこんな場所を通って他国に逃亡しようなんて考えもしないだろうと思えた。
だが、この選択は不思議と〝意図して〟というより自然と浮かんだものだった。
むしろ、勝手にこの方向に足が進み、直感的に悟っただけで……。
(オルニエール語は一応話せるけど……ツァール語が普通に通じる地域が多いって聞いたわ。あちらで何かしら、仕事を見つけてどうにか生計を立てていけば暮らしていけるはず)
きっと大丈夫だ。と、根拠も無い自信を心を弾ませて、キルシュは暗闇に広がる森を見る。
しかし、足は震えて一歩がなかなか踏み出せなかった。
この森、シュメルツ・ヴァルトは……通称〝痛みの森〟と言われている。
広大な森なので、オオカミやクマなどの獰猛な肉食獣もそれは勿論生息するだろうが、そういった獣害の話はこの近辺で聞いた事が無い。
どちらかと言うと、霊的な要素